孫正義の子供時代や生い立ちがヤバイ

【偉人伝】SoftBank孫正義!前編・アメリカ留学〜SoftBank創業秘話!孫さんの情熱と行動力を中田がエクストリーム授業

孫正義さんの子供時代生い立ちについて中田敦彦さんが解説してました。

生まれは佐賀県の鳥栖市のようです。

孫正義さんの父は安本三憲さんで本名は孫で通名が安本というようです。

だから在日韓国人ですね。
孫正義さんは次男として生まれます。

父はパチンコ業や貸し付けとかの金融業とかで
子供時代も裕福な家庭だったようです。

高校を中退して渡米して短期留学をしアメリカに行くことを
決めたようです。

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そこで藤田田と出会う。
藤田田さんは日本マクドナルドや日本トイザらスの創業者のようです。

この人も凄いようでユダヤの商法という本の帯も
中田敦彦さんが書いているようです。

おすすめの本
ユダヤの商法


藤田田さんが面白いのはアメリカのマクドナルドは郊外だったようです。

でも日本では都市部にマクドナルドを出してアメリカからは辞めておけと言われたけどそれで成功してアメリカも都市部に出すようになったようです。

その藤田田さんにいきなり孫正義さんが会いに行ったようです。
当然追い返されるけど何度も会いに行ったようです。

そしてこれからどんな時代になるか聞いたようです。
そしたらこれからはコンピューターの時代だと言われたようです。

そしてコンピューターを習うと決めたようです。

そしてアメリカのカリフォルニア大にを受けたのですが
英文を読むのに時間が掛かり試験時間の延長を求めたようです。

なかなか試験管もそれを認めるわけに行かず結局は州知事まで話が行き直接直談判して辞書を見ながら試験を受けることを許可されて
受かったようです。

そしてこのカリフォルニア大学で自動翻訳機を作り
日本のシャープに1億円で売ったようです。

その1億円でユニソンワールドという会社を設立します。

その頃日本で流行っていたインベーダーゲームが下降気味になった頃に安く買い取りアメリカに持って行き大流行させたようです。

それで儲けたお金で日本ソフトバンクを設立したようです。

ここから先の生い立ちは後編です。

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【偉人伝】SoftBank孫正義!後編・Yahoo! JAPAN設立〜iPhone独占販売!孫さんが日本一の起業家になったキーワードはパワフルな直談判・スムーズな業務拡大・インターナショナル

ソフトバンクの最初の展示会で資本金1000万でそのうち800万を使い
他の大きなブースト同じ大きさのブースを作ったようです。

その後当時アメリカで勢いがあったヤフーを日本でたった3ヶ月で
定着させますと宣言してヤフージャパンを作ったようです。

ただネットバブルが崩壊して株価が10分の1に暴落したようです。
そこで考えたのがNTTを倒そうと考えたようです。

それがヤフーブロードバンドですね。
インターネットから電話通信ですね。

NTTはなかなか掛け合ってくれないから総務省に行き
NTTのせいで回線が遅いままだどうしてくれるんだと直談判に行き
このままでは灯油をかぶって死ぬといったようです。

そして日本テレコムを買収しさらにはダイエーホークスも買収し拡大していったのです。

その頃アリババとも事業提携します。

その頃にスティーブジョブズと出会いiPhoneを売りたいと
話していたようです。

そこでスティーブジョブズiPhoneを独占販売させて欲しいと
お願いしたようです。

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その時は電話とかの事業をしていなかったのでボーダフォンを買収したようです。

さらにアップルも独占で迎えるためにソフトバンクのロゴを
白とシルバーにしたようです。

ジョブズがデザインにこだわっているのを分かっていたので
ソフトバンクのロゴも改革したようです。

本当はNTTやAUも売りたかったけど当時は独占販売していた。

東日本大震災でも100億円を寄付しています。

交渉毎は全て鯉とりまーしゃんとい言っていて
鯉とりの名人のまーしゃんが鯉を捕るために池に浮かび寄ってくるまで待ち取るようです。

この話は動画の最後でしていて面白いので是非見て下さいね。

おすすめの本
志高く

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