坂本龍馬は何をした人なのか中田敦彦が分かりやすく解説

【歴史偉人伝】坂本龍馬前編!幕末の英雄から新時代の生き方を学ぶ

坂本龍馬の偉人伝について中田敦彦さんが解説していました。

おすすめの本
司馬遼太郎
龍馬がゆく


昔の人だから長生きはしてなくて33歳でなくなったようです。

短い人生なんだけど坂本龍馬さんは凄い人生をしていますよね。
ドラマにもなったりしています。

でも坂本龍馬の子供の頃の話は省かれていました。
19歳の坂本龍馬はペリーの来航で警備を担当していたようです。

見たこともないような黒船がきて驚いたようです。
そして地元の知識人で河田小籠さんにいろいろ教えて貰ったようです。

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河田小籠さんはジョン万次郎さんを取り調べしたことがあって
その中でこの人は面白い人だなぁと思いそれを本にしたようです。

河田小籠さん海外の事も知っていてその事を坂本龍馬が
学んだようです。

その時に海外とは戦うとかではなくてむしろ海外の物を
購入したり貿易した方が良いよと教えて貰ったようです。

ジョン万次郎は漂流して無人島でなんとか生き延びていたところ
海外の船に助けられてハワイにたどり着いたけどそのまま船で
手伝いをしていたようです。

それからゴールドラッシュとかで金を発掘とかそういう手伝いもして
お金を稼いだりしたようです。

そこから11年海外に住んでなんとか日本に戻りたいと
当時管理が甘かった沖縄にたどり着いて日本に戻ったようです。

海外では選挙制度とかあるんですよとか海外の文化を伝えたようです。

当時はまだ荒れていて仲良くなった武市半平太の土佐勤王党に
参加するようです。

山内容堂が藩主で吉田東洋という知識人がいたようです。

27歳で江戸に行き勝海舟の弟子になるようです。

勝海舟のことについては汗血千里駒という新聞に書かれてブレークしてさらに司馬遼太郎さんも本に書かれて再ブレークしたようです。

当時は日本を変えようと坂本龍馬勝海舟を殺しに行くのですが
話をすると考え方に共感して弟子になるようです。

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ここからは後編です。
【歴史偉人伝】坂本龍馬後編!幕末の英雄が後世に受け継いだ意志とは?

日本は今まで日本の中を強くしようとしてきたけど
海外にも強く立ち向かえるようにしとかないといけないねと
海軍が出来たようです。

そして坂本龍馬がそのリーダーになったようです。

福井の藩主の松平春嶽さんに資金援助してもらったようです。

薩摩は海外から当時も輸入していたようです。
そして長州よりも強かったようです。

そんな中でその藩主の西郷隆盛桂小五郎をうまく
結び付けようと坂本龍馬がセッティングを試みたようです。

でも西郷隆盛がドタキャンしたようです。

そこで上手くいかなかったのですがそんな中で
薩摩と長州が上手くいくうようになんとかならないかと
坂本龍馬が海運会社で亀山社中を設立したようです。

この会社は薩摩と長州のお互いが儲かるようにしたようです。

具体的には薩摩に武器を買わせてそれを長州に売らせることで
お互いにメリットがある会社です。

その亀山社中が海援隊という名前に変わるようです。

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そして土佐の後藤象二郎を海援隊に龍馬が誘ったようですが
断られたようです。

その時に話したのが船中八策と言われていて
それが五箇条御誓文の元と言われているようです。

その中には大政奉還や議会政治や憲法制定や金銀レートも
入っているようです。

そのすぐ後に暗殺されるようです。

海援隊の元メンバーが三菱を作ったようです。
三菱のロゴは土佐藩主山内家の家紋と岩崎弥太郎の家紋からきているようです。

ソフトバンクの孫正義も竜馬がゆくをみてかなり感銘を受けて
いろんな人に直接会いに行ったりしたようです。

ソフトバンクのロゴも海援隊プラスアップルのロゴのようです。

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