スティーブ・ジョブズの子供からの生き方

【偉人伝】スティーブ・ジョブズ前編!世界を変えた天才の大胆な行動力とデザインへのこだわりから成功の秘密を学ぶ!アップルの偉業はWスティーブのおかげ!?

スティーブ・ジョブズと言えば十分知られていますが
今回はオリラジの中田敦彦さんが詳しく動画で解説してました。

父はシリア人で留学中に出会ったアメリカ人の母と出会い
ジョブズが生まれたようです。

ただ父が宗教的に結婚は反対されたようです。

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ただ生まれてしまったスティーブ・ジョブズはジョブズ家に
養子に行くようです。

意外と子供の頃とかの話は知ってたりしましたが
生まれた環境のことは知らなかったですね。

小学生ぐらいの時に既に高2レベルのIQがあったようです。
ただ非常に好奇心旺盛な子供だったようです。

そして両親がどうして育てることが出来なかったんだろうという
環境もあり宗教や民族への関心も高かったようです。

ヒューレットパッカードパソコンが当時好きで
電話帳を調べ13歳の時に電話したようです。

それでなんとかヒューレットパッカードでインターンのような
活動をしていたようです。

この辺がソフトバンクの孫正義さんにも似てますね。

そのインターンで天才エンジニアのスティーブ・ウォズニアックと出会うようです。

アイデアを形にしたいスティーブ・ジョブズと天才エンジニアの
スティーブ・ウォズニアックが科学反応を起こしアップルの伝説が
始まるんですね。

スティーブ・ジョブズは大学の時に受けたくない授業は受けなかったようです。

スティーブ・ジョブズは当時長距離電話をハッキングの技術で
電話出来るブルーボックスという違法な手法に気付きスティーブ・ウォズニアックにお願いして作って貰ったようです。

しかもそのハッキング電話装置を売りさばいたようです。

しかもそのブルーボックスで最初に電話したのがローマ法王という
かなり衝撃ですよね。

それでピストルを突きつけられて販売を辞めたようです。

そしてアタリというゲーム会社に俺を入れてくれるまでは
帰らないと入社したようです。

分からないことがあるとすぐにスティーブ・ウォズニアックに
聞いていたようです。

ユーチューブではドラえもんとのび太に例えて解説してました。

報酬を得てインドに旅をするようです。

当時パソコンはビジネス向けだったけど家庭用向けに
スティーブ・ウォズニアックは自作で作っていたようです。

それを知ったスティーブ・ジョブズがこれは売れるといったけど
スティーブ・ウォズニアックはヒューレットパッカードの社員だから
断ったようです。

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それでスティーブ・ウォズニアックはヒューレットパッカードに
家庭用パソコンを提案はするけど受け入れられなかったようです。

さらにアタリにも提案したけど良く分からないと断られたようです。
それでスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックがアップルコンピュータを1976年に設立したようです。

最初に作ったのはアップルIでパソコンのモニターがないバージョンで全く売れなかったようです。

アップルⅡでモニターも付けたところバカ売れしたようです。

ここからは後編です。

【偉人伝】スティーブ・ジョブズ後編!天才経営者が常に大切にしていたマインドとは?

このアップルⅡのバカ売れでIBMが本格的に参入してきたようです。

当時は規模的に当然負けているので他のアイデアで勝負するしかなかったようです。

ちなみにスティーブ・ジョブズはかなり嫌われていたようです。

菜食主義者で身体が臭くならないから風呂に入らないという
謎の言い訳とかでちょっと廻りからもかなり引かれていたようです。

人間に対してもデザインに対しても譲れない一面があったようです。
綺麗な言い方をすると美学ですよね。

アップルで差別化するためにパソコンのマウスを登場させたようです。

当時はアプリやソフトを起動するのにキーボードで入力とかしなければいけなかったのが面倒だとずっと思っていたようです。

そこで当時付合いのあったゼロックスの工場を見学したときに
アイコンをクリックすると起動するシステムを試験的にやっていて
これはパソコンでも使えるとマウスの実装したようです。

ただそのマッキントッシュもあまり売れなかったようです。

その影響も有り会社では偉そうに振る舞っていたので
退社に追い込まれたようです。

それでネクストという会社を立ち上げ良い物は作っていたようですが
かなり時間が掛かっていたようです。

その間にもルーカスフィルムを買収してピクサーも設立していてコンピューターアニメーションと映画を作れるようにしてトイストーリーを大ヒットさせたようです。

大ヒットさせてネクストをアップルに売却してアップルの
CEOとして戻ったようです。

アップルに戻ってからはパソコンも下火になっていたけどiMacというデザインにこだわりさらにアプリが入りパソコン一つで音楽も聴けて映像も見れて全て集約させまた大ヒットしたようです。

当時はオタクにはパソコンは売れていたけど一般的には
普及していなかったようです。

そのユーザーを一気に引き寄せたのがiMacですね。
さらに音楽に特化したiPodも売れたようです。

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そして記憶に新しいのがiPhoneですね。
2007年に世界を大改革させます。

パソコンを持ち歩ける時代ですね。

電話も取り入れてアプリも取り入れて誰でも好きなアプリを
取り入れれるようになったのが大きいですね。

スティーブ・ジョブズがこだわっているのはユーザーが
使って楽しいかどうかとデザインを大事にしているようです。

だからビジネス向けはよそに任せて個人向けの
ニーズを獲得しようと常に考えていたようです。

56歳の若さで膵臓癌で亡くなる。

実は早い段階で膵臓癌も分かっていたから西洋医学では治せる確率が高かったけどジョブズは東洋医学を信じていたから野菜を食べていたら治ると治療をしなかったようです。

科学と芸術の天才だから孫正義さんはジョブズの事をレオナルド。ダヴィンチのように未来永劫語り継がれるだろうといっているようです。

おすすめの本
スティーブ・ジョブズ

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